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放射線が本当のリスクでない時 2015年9月21日 ニューヨークタイムス 科学欄 ジョージ ジョンソン

ニューヨークタイムズに、当会のSAMRAI2014が紹介されました。

放射線が本当のリスクでない時

2015年9月21日 ニューヨークタイムス 科学欄   ジョージ ジョンソン

今春、福島の原子炉事故から4年経って、少数の科学者たちが東京において、あの恐ろしい事故のその後の危険性を討論する会合を開いた。 

誰も放射線によって、死亡したり病気になったものはいなかった――この点は先月IAEA(国際原子力委員会)によって確認された。福島の原子力発電所関連の従業員の間でさえも今後この事故の関連で癌になる人の数はあまりに低くて計る事が出来ない、統計的な雑音の中に埋もれてしまうと言う事である。 

ところが1600人の人たちが強制避難のストレスによって死亡した――この点は日本の原子力発電所からの比較的低レベルの放射線漏洩によっては正当化できないと幾人もの科学者が述べた。 

疫学研究者たちは“将来的な死亡危険”、つまり放射線あるいはその他の原因で発生する危険があると述べている。しかしそれは、計数的な裏付けがないために抽象的なものと成っている。 

それに対して、これまでのストレスによる死亡は実際に起きた現実なのである。 

私がフィラデルフィアのフォックス・チェース癌センターで取材した時に話してくれた、、東京セミナーのパネリストの一人、医療物理学者のモハン・ドス博士によると”政府はパニックに陥った。”と述べた。“病院の集中治療室を退去する時には、患者を高等学校に連れて行って、生き延びさせることは出来ません。” 

他の犠牲者たちは、老人ホームの人々であった。そして自殺者もいた。彼は“放射線の恐怖が人々を殺したと述べた。 

東向きの風によって、放射性降下物の大半が海へと流れ、残りは広がって希釈されて陸地に落ちた。もし避退者達が自宅に留まっていたらこの4年間の間に彼らの放射線受容量は最も線量が高い場所であっても、累積で70ミリシーベルト程度であったろう--これは、全身のCT スキャンを毎年受けた量とほぼ同じである。しかもこのように高い放射線量の場所は本当に例外的であった。 

ドス博士の計算によると、大半の居住者はそれより本当に少なく、年間4ミリシーベルト程度の被曝であったと考えられる。地球上における自然の放射線量は年間2.4ミリシーベルトである。

 避退の場合と比べての、放射性降下物による付加的な被曝の影響は“直線的・閾値なし(LNT)仮説”、つまりどのように微量でも放射線は悪影響を人間に及ぼすという仮説、が真実かどうかに掛っている。 

ドス博士は世界の放射線科学の標準と成っているその仮説に疑問を持っている科学者の一人である。ある水準以下であれば放射線は無害でそして、人体に有益かもしれない――長年議論されて来たラディエーション・ホルミシスという現象である。 

最近、彼とロス・アンジェルスのUCLAメディカルセンターのキャロル・マーカス氏及びアルブケルクのサンディア・ナショナル・ラボラトリーのマーク・ミラー氏は共同で原子力規制委員会に存在しないかもしれない脅威による過剰反応を抑えるために規制を改訂すべきとの提案書を送った。 

公聴会の期間はまだ設定されていないが、それが終わった時には多くの矛盾した証拠が提出されている事と思われる。 

1シーベルトの放射線は、それが照射された人々のうち5%の人たちに致死的な癌を発生させると考えられている。直線・閾値なしモデルによれば、1ミリシーベルトの被ばくは1千分の一の危険をもたらす、つまり0.005%であって、10万人の人の中で5人の致死性の癌を引き起こす。 

福島原発から20キロメートルの半径に住む、その倍の数の人たちが避難させられた。平均的な累積放射線量16ミリシーベルトを避ける事によって、癌による付加的な死亡者の数は多分、160人減らす事が出来た、それは強制避難の結果の死亡者総数の10%である。 

ところがこの推計は現在の基準が正しいことを前提にしている。もし低線量の放射線がより危険でないのなら、放射性降下物は癌罹患率を全く高めなかったかもしれない。 

ホルミシスの考え方によればそれをさらに進めて低線量の放射線は現実的には人間の健康リスクを低下させる。生命は弱い放射線環境の中で発展してきたものであり実験・研究結果や動物実験は弱い放射線は防御的な酸化対抗物質を解き放ち免疫系を活性化する事により全ての癌を予防することを示している。 

広島と長崎の生存者の疫学的研究はホルミシス理論を支持するともそうでないとも両方に解釈されてきている。しかし、放射線規制においては、安全閾値は無いとされているので、微量の放射線の理論の人体実験は行う事が出来ない。 

しかし、台湾においては、30年前に1万人が居住する200棟のアパートが放射性コバルトを含んだ鉄材を使って建設された。結果として、居住者たちは平均して、年間10.5ミリシーベルトの放射線を浴びつづけた、これは福島の推定平均放射線量の倍以上である。 

しかし、2006年における調査によれば、一般社会における癌発症に比べてこの居住者たちの発症数は少なかった:95件で期待値は115件。 

この論文の抜粋も、2年後に発表された論文もこの現象について触れなかった(発表者達はこのアパートの居住者たちは一般の人たちに比べて健康ではなかったかと推測した。)強調されたのは白血病と乳癌の若干の増加の関する曖昧な証拠と30歳以前の居住者たちの癌リスクの増加の分析であった。 

最近になって、ジョンズ・ホプキンス大学の科学者たちはラドンに関しての研究の中でより高いラドンガスの中で暮らしてきた人達はそれに応じて、低い肺癌の発症率を持つと発表した。もしそうならば、連邦安全基準の沿うためにラドン除去に投資している住宅所有者たちは癌のリスクを高めている事になる。これらやその他の発見は論議されている。 

これら全ての研究は”混同”によって混乱させられている――測定される人々の間の相違である。容易いものもある(老人と喫煙者は自然に癌になりやすい)、しかし常に統計的に操作できる余地も存在する。他の同様の場合の様に、科学的議論であるべき物が、誇張され、対立する団体がデータを彼らの必要に応じて使用する。 

福島の強制避難の様な起きてしまった事について苦しむよりも、もっと大きな課題が存在する。非常に微量な水準においてさえ、放射線への恐怖は人々を命を救う診断や放射線治療から遠ざけている。 

我々人間はリスクのバランスをとるのが下手である。そして我々は常に不確実な世界に生きている。我々は想像した危険を逃れようとして本当の危険を冒しているのだ。

 

翻訳:高山三平