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SAMRAI2014における、有馬朗人研究会大会長の閉会挨拶

3月24日に開催された、当会主催の研究会SAMRAI2014における、有馬朗人研究会大会長の閉会挨拶を掲載いたします。(広報)

 有馬です。今日は大変面白いお話を聴くことができたと思います。皆さんも、放射線に対する正しい知識を聴くことができたと思います。

 この問題は、実は311の大震災以前からはじまっているものでありまして、日本人の放射線に対する知識が乏しいことを私はずっと心配してきました。第一の失敗は、たしか平成元年だったと思いますが、中学の理科の教科書から、放射線が消えてしまった。ですから、皆さんのご子息の世代も、非常に放射線についての知識が低い。このことを私は非常に心配しまして、311以前から、教科書を変えろと言ってまいりました。そして変えることになった時に、20113月の大震災が起き、またそれが遅れてしまいましたが、今はまた、放射線、放射能についてどう教えるかということを文科省でも一生懸命努力していると思います。また民間でも、私は日本アイソトープ協会の会長ですが、会の講習会を開いていますし、今日の参加者の方々も様々な試みをしておられると思います。

 そのようなことから、やっと正しい放射線についての知識が広まろうとする中、放射線の正しい知識を普及する会の研究会がこうして開かれたことは、大変すばらしいことだと思いますし、今日はオックスフォード大学のアリソン教授、またモハン・ドス先生もおいでになり、海外から客観的なお話が聴けたことが大変参考になったと思います。

 ここでついでに余計なことを申しますと、私たち日本人は、もっと自信を持ってほしいのですが、読み書き、国語を読む力、数学の力、理科の力、この子供の時の教育水準は世界一なんです。しかし、子供の時は一位だった理科の力が、OECDの調査によれば、大人になると13番目くらいに落ちてしまい、子供の時点でははるかに下だったEU諸国に追い抜かれてしまう。例えば、放射能は全部天然ですか、と言った問いがあります。そんなはずはないですよね。天然もあれば人工もある。しかし、そういった問いに日本人の大人は答えられない。このような問題がある中、今日のようなお話で放射線に対する知識が皆さんに普及していくことは素晴らしいことだと思います。

 そして、今日は浪江、大熊、その他の避難区域に、皆さんを帰すべきだというお話が出たことも私は喜んでおります。実は、私の女房の実家は大熊町なんです。女房が嘆いているのは、お爺さん、お婆さんのお墓にお参りができないということですが、私は今日のお話で励まされまして、早速行こうと思っております。浪江をはじめ、あのあたりの町には親戚がずいぶんいますので、今日のお話を聞けば皆が喜ぶと思います。かなりの人が全部会津若松に行ってしまっているんです。この人たちを何とか、少しでも速く帰せるように、私は総理大臣にお話ししているのですが、そうするためには汚染を取り除くことも必要ですし、色々なことがあるかもしれませんが、そんなに心配することはないのですから、今そんなに難しいことは言わないで、できるだけ速く帰してほしいとお願いしています。

 今一番大事なことは、その人たちの生活をどう立てるかということなんです。

 私が第一に提案しているのは、あそこに国際的な研究センターを作ってほしい、そして、大熊町にも、浪江町にも、外国の人にたくさん来てもらって、日本人と共に生活してもらうということです。

 そして、食料品への規制、私は緩和という言葉は使いたくないので、より常識的な、世界の標準に戻して、産物を日本中に回るようにしてもらいたい、特に今深刻なのは、あの周辺の水産物が、日本から諸外国に買ってもらえないということですが、これも産業の復興のためには解決しなければならない。今政府にそういうことをお願いしています。

 今疎開している人たちがかえって来たときに、また生活ができるようにすることが大切です、その為には、国を挙げて、オリンピックまでには、素晴らしいパラダイスのような福島を作っていきたい。そのためにも教育が必要ですし、国際的に開かれた町づくりをしていく、外国人が堂々と来てくれるように産業を復興していく、その際如何なる産業を持ってくるかは、国としてもきちんと考えて、政策を建てるべきだと思っていますが、皆様にもご協力を賜れば光栄です。

 少なくとも、オリンピックの中心の一つは福島でやりましょう、福島の復興は日本にとっても復活の象徴であり、今日私はそこに住んでいる人間に最も近い一人として、皆様にお願いするという格好で、私の結論としたいと思います。今日は本当にありがとうございました。